大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)793号 決定 1992年5月29日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、金二六万六〇〇〇円及び平成四年六月から同年一〇月までの間、毎月二五日限り右同額の割合による金員を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用はこれを三分し、その二を債務者の、その余を債権者の負担とする。
理由
第一当事者の主張
本件申立ての趣旨及び理由並びにこれに対する債務者の答弁及び主張は、債権者提出の仮処分命令申立書及び準備書面並びに債務者提出の答弁書及び準備書面各記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 本件各疎明資料及び当事者審尋の結果によれば、債権者は、昭和六〇年二月に債務者に入社し、大阪健康体力研究所(債務者大阪営業所)に配属され、同六一年四月大阪健康体力研究所所長代理、同六三年四月同事務所長を経て、平成三年四月右大阪健康体力研究所が債務者大阪支社となったのに伴い、同支社長となったが、同四年二月一日大阪支社長の業務を解かれ、部長待遇に降格されたこと、債権者は、同三年九月から同四年二月までの間に、債権者から、賃金として月額金三三万六〇〇〇円(二月分については就労日割により金二七万四九〇九円)毎月二〇日締切二五日支払、年末賞与金七八万五〇〇円を支払われていたことが認められる。
二 しかるに、債務者は、債権者が、就労時間中、会社業務に専念する義務を怠り、申立外有限会社アーム(以下、「アーム」という。)の取扱商品である「コッカス」(栄養食品の一種)を販売して、同会社から仲介料を受け取っていたことから、債務者就業規則二九条、同三〇条に違反したものとして、同四六条七号により平成四年二月一四日、債権者を懲戒解雇したものである旨主張する。
右解雇通知がなされた事実は、疎明資料によって、これを認めることができる。そこで、更に、本件各疎明資料及び当事者審尋の結果に基づき、右懲戒解雇事由の存否について検討する。
そうすると、なるほど、債務者事務所の債権者使用電話には、債務者とは小額の取引関係しかなかったアームの電話番号が短縮登録されていること、債権者は、平成四年一月二一日から同三一日までの期間に限っても四回にわたりアームに対してファクシミリの送信を行っていること、債務者個人使用者分としては過大な「コッカス」の購入契約書や「コッカス」の製造元である申立外株式会社アドバンス宛振込依頼書を所持していたこと等、債権者がアームと密接な関係を保っていたことを窺わせる事実が認められ、また、前記大阪支社における債権者の同僚である佐藤真理、荒上義明、岸田和美らは、債権者が勤務中に債務者の勤務外の業務に従事していることをほのめかす内容の「週間報告」及び「川島社長様」と題する書面を、債務者代表取締役川島和郎宛提出しており、更に、右川島自身も、債権者が自ら、同人に対し、「コッカス」を販売して仲介料の支払を受けていることを自認した旨陳述している。
しかしながら、債権者は、これに対し、「コッカス」に関する振込用紙等を所持していたのは、家族や知人が「コッカス」を服用していることから、その購入のためのものである旨、またアームと頻繁に連絡をとっていた点に関しては、債務者の業務として実施していた、債務者の取引先におけるセミナーの資料とするため、アーム手持ちの健康一般に関する資料の提供を受けていたに過ぎない旨主張している。ところで、債務者の商品は、主としてスポーツマン向の体力増強食品等であって、成人病予防等の健康一般の問題とは、対象分野を異にするものであるとは認められるものの、債権者が、債務者商品の販売活動の参考とするための健康一般に関する基本的知識について必要性を感じたとしても、あながち不合理とは言えず、右債権者の説明するところには、一応納得できるものがあることを否定できない。そして、これらの点に関し、アームの代表取締役伊藤勝敏は、概ね債務者主張と同旨の、債権者が、アームのため「コッカス」の販売業務に従事して報酬を得ていた事実を否定する書面を、債権者代理人宛作成提出していることが認められ、右債権者の説明するところには、一応の裏付けもあると言うことができる。また、前記佐藤ら作成の「週間報告」等の書面についてみると、同人らは、債権者と職場内の人間関係において対立する状態にあったことが認められるから、これら書面の内容には、直ちに、全面的な信をおくことはできない。また、前記川島の陳述については、債権者自身は、かような自認をなした事実そのものを明確に否認しており、右川島の陳述のみを一方的に措信すべきものとするに足る裏付は存在しない。そうすると、結局、債権者が職務専念義務に違反し、就業時間中に債務者の設備を使用して、「コッカス」の販売を副業として行って利益を得ていたと認めるに足る疎明は、本件においては見出し難いと言わざるを得ない。
従って、債権者に対する前記懲戒解雇事由については、これを認めるに足りる疎明はないと言うべく、同懲戒解雇処分は理由がないことに帰するから、債権者は、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることが一応認められる。以上より、本件申立てにかかる、被保全権利の存在を一応認めることができる。
三 そして、疎明資料によれば、平成四年二月から同年四月までの間の債権者の生計費月額平均は金二六万六〇三一円であり、かつ、債権者は、もっぱら債務者からの賃金によって生計を維持しているものであることが認められるから、生計費相当額として、平成四年五月分に当たる金二六万六〇〇〇円及び同年六月から同年一〇月までの間、右同額の割合による金員の仮払を求める範囲で、保全の必要性についてもこれを認めるのが相当である。本件申立て中、右を超える部分については、保全の必要性の疎明がない。
四 よって、債権者の本件申立ては、主文掲記の限度で、理由があるからこれを認容することとし、その余の申立ては理由がないからこれを却下し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。
(裁判官 栗原壯太)
<別紙> 当事者目録
債権者 原山英之助
右代理人弁護士 上條博幸
同 島本信彦
債務者 株式会社健康体力研究所
右代表者代表取締役 川島和郎
右代理人弁護士 福岡清
同 平田厚